1993年、静岡県沼津市にて高校時代の同級生である遠藤貴志と安井佳次と小泉玲によって前身バンド「MAD BUTCHER」を結成。当時は遠藤はピンボーカルで、もう一人のギタリストとドラマーがいた。また、ギタリストとして池田啓介(元TEARDUCT/GERONIMO/BANDWAGON)が在籍していた時期もあった(池田は後のGOOFY'S HOLIDAYの3rd albumまでレコーディングエンジニアを担当)。
1994年秋、MAD BUTCHERを解散し、新バンド「GOOFY'S HOLIDAY」として再スタート。1995年春に1st DEMOを作成、都内に活動の足を伸ばし始める。
1996年初頭に小泉が脱退し、GOOFY'S HOLIDAYはその後スリーピースで活動を継続する。
1997年3月、完全自主制作にて1st ALBUM『GOOFY'S HOLIDAY』を自身のレーベル「CxOxT MUSIC」よりリリース。地元のスケートショップやサーフショップ、洋服店、都内のレコード店など小規模で販売。ディストリビューターなどは一切使わずに自宅から出荷するD.I.Yスタイルにもかかわらず徐々に売り上げを伸ばし、完全自主制作としては異例の1万枚以上の販売数となる。
1997年10月、2nd ALBUM『maybe tomorrow...』をBAD NEWS RECORDSよりリリース。この頃から各メディアなどにも露出するようになり、静岡県のFM局「K-MIX」でレギュラー番組を1クール担当する。
1998年、大阪のSPREADと初の全国ツアー開催。
同年11月、NYで行われた全世界のオルタナ系バンドが集まる祭典"CMJ MUSIC MARATHON"に参加。
1999年、TIGER HOLE RECORDSからリリースされた7インチスプリットシリーズに参加(w/STAB 4 REASON(その後"TIGER HOLE RANGE"として全スプリット音源を編集したオムニバス・アルバムとして再発)。
同年4月、マキシシングル「ONE WAY」をリリース。各地のTOWER RECORDSやHMVなどのインディーズチャート1位を獲得。
2000年1月、3rd ALBUM「BRIDGE」をBAD NEWS RECORDSより発売。それに伴い2月より「BRIDGE TOUR 2000」を開催。2ヶ月間で全国44カ所を巡る彼らの最長のツアーとなった。(w/POP CATCHER)
「BRIDGE TOUR2000」終了後に大浦智浩が加入。同年6月にSPANAMと共に「AGE25WG TOUR」を開催。
2001年、MINI ALBUM『3111』をBAD NEWS RECORDSよりリリース。4人となって初の音源。
2002年、4th ALBUM『monochrome』をBAD NEWS RECORDSよりリリース。「monochrome TOUR 2002」を開催、28カ所を回る。monochrome tour 2002終了後にドラマー石田玄一郎と大浦智浩が脱退。
2003年、土佐優貴がドラマーとして加入。この頃よりJAM BANDの要素が高くなり始め、サポートメンバーにパーカッションやキーボードを迎えて活動する事も多くなる。
同年、過去の楽曲の再録+新曲3曲の企画盤『NOW AND THEN,HERE AND THERE』をBAD NEWS RECORDSよりリリース。実質上、これが最新の単独盤となっている。
同年、アニメーション『BECK』に楽曲を提供。それに伴いオムニバス・アルバム『KEITH』に参加する。実質上、これが発表されている最新のオリジナル楽曲となっている。
2004年、当時のドラマー前田守康とオムニバス・アルバム『YO!COVER』に参加する。(NICK NORTHERN/SNUFF)
2007年、ベーシストの安井佳次が脱退。これによりオリジナルメンバーは遠藤貴志のみとなる。
その後様々なサポートメンバーを迎えた後、2010年1月、A2C(Bass/Chorua)とYoung(Dr/Chorus)を正式メンバーに迎え活動再開。
Goofy's Holiday